箱庭の豚

箱庭の豚


「今日は仁美ちゃんと大輝君に養豚場で生きている豚さんの観察をしてもらいます」

仁美と大輝に向かってお姉さんはにこやかにほほ笑みながら言った。

仁美「楽しみだねー」

大輝「そうだね!」

お姉さん「それではまず、一階にいる豚さんが上に行く様子を見てみようね」

「はーい」」

入り口から少し離れたところには二基のエレベーターがあり、その前に順番待ちをしている豚がたくさん並んでいる。ここから十階分のフロアへと運ばれていくようだ。ちょうど左側の一基のエレベーターが到着したようだ。自然と開く扉へ我先にと豚たちは狭い扉を無理やり開けるようにして乗り込んでいく。しかし悲惨なことに乗り込んでいく豚たちには扉をずっと開いておけるすべがなく、扉は無情にもしまり始め扉の側面にまんべんなく備えられている鋭利な刃によって豚たちは次々と切り刻まれ、とあるゲームのように豚は一枚の薄い手ごろなサイズの肉切れへと変化した。扉は閉まりきり、殺傷を逃れた豚たちは運ばれていく。肉切れは備え付けられた機械によって出荷されていった。あまりの光景に仁美と大輝は泣き出し、お姉さんはそれを必死になだめる。

「あのね、豚さんはね、お手手がボタンに届かないから、仕方ないのよ。扉を開いておくような能力が彼らにはないの」

そっかあ…

「悲しいね」

「だから私たちが一緒に乗ってボタンを開いていてあげようね」

三人はエレベーターに乗り込み、豚を殺傷することなく、入りきれるだけの豚を詰め込み、共に上へと上がっていく。

「これからたくさんの豚さんが集まる五階に行くよ」

お姉さんはそういって笑いかけるが、二人の表情はいまだ堅いままだ。どうしたのかと問いかけるお姉さんに仁美が答える。

「なんかイメージと違う…なんかもう最初だけで怖いもの」

「最初で驚かせちゃったね、次はきっと楽しいところが見ることができるよ」

エレベーターには五階に止まり、豚が全てできったところで三人も五階へと足を踏み入れた。

五階は豚たちの自由なスペースらしく、ところどころにグループが出来上がっていた。三人は一通り五階を見回り、そしてまたショックなものを発見することとなる。

「お姉さん、あれはなに?」

大輝の指差した先には豚の餌であったものが食い散らかされる形で広がっていた。他の所は綺麗であっただけにそれは異質な雰囲気を醸し出し、豚たちもそれを遠巻きに見ているようだ。

「あれはね、豚さんが食べられなかったものよ。残飯処理の場所もあるのだけれど、そこには捨てないでおいていくの。私たちの世界にもポイ捨てって存在するでしょう? それと同じなの」

豚たちは食べた食料を食べ散らかし、挙句の果てには残したものを捨てることもできない。容器に入っているものは中身だけを食べ容器はそのまま置いていく。お姉さんによると、五階だけでなくこの問題は十階すべてに共通しているようだ。豚が集まりやすい五階七階が顕著に表れている反面、人気のない場所にも集中しているそうだ。

「そうなんだ…

大輝は悲しそうな表情をし、お姉さんの手を握った。

「うーん…でもせっかくだから残飯処理場も見に行きましょうか」

お姉さんはそういって二人の手を引き歩いていく。残飯処理場はこの世界で言うゴミ箱のようなもので、燃えるごみ燃えないゴミなど五つの種類に分けられている。各階に備え付けられていてお姉さんは二人を五階の端にある残飯処理場へ二人を連れていた。

すごい、燃えないゴミ燃えるゴミで分けられているんだね」

「一応ビニールとかに入ったものも配給されるからね、豚さんにもそれくらいの事はしてもらっているの、でもね、最近はね…

「お姉さんどうしたの?」

するとそこへ背中にゴミを乗せた豚が現れた。どうやらゴミを捨てるようだ。燃えるゴミと燃えないゴミの二種類を持っているようで、二人は分別が見ることができるのかと目を輝かせたが、豚は全てを燃えるゴミの箱に投げ入れその場を去った。二人はお互いに目を見合わせる。

「ね、だから最近は腐敗しつつあるから、簡単な分別もできない豚さんが多いの。ごめんね」

「そうなんだ…

「お姉さんが謝ることないよ」

その時、建物内にチャイムの音が響き渡り、そこらにたくさんいた豚たちは動き始め、一つひとつ孤立した教室のようなスペースへと入っていく。

「これは何の時間?」

「今から会合が始まるのよ、これからの予定とかいつ出荷されるとかそういうことを九十分かけてお話しするの」

そうなんだ…あれ? でもあそこに参加していない豚さんがいるよ?」

「うーん…あれはね会合をサボってしまう豚さんなの。本当にこの時間に会合の予定がなくてここに留まる豚さんもいるんだけど、大体はサボってる豚さんがほとんどかな…

「それって、わるいことだよね?」

「そうよ、でも近年の豚さんの意識の低下は止められないのかもしれない。会合のほかにもスポーツの時間やお勉強の時間もあるんだけど、それすらも行かない豚さんもいてね。開けなくなっちゃった会合もいくつかあるの」

「そうなんだ…悲しいね」

「悲しいけど、仕方のないことなのかもしれないね…

「参加しなかった豚さんはどうなるの?」

「出荷の時期が早まったり、ここから出られる制度もあるんだけど…所謂卒業ってやつかな、それもできなくなって、豚の姿のまま外の世界へ送り出されてしまったりするわ。ちゃんと卒業できる豚さんもいるけれど」

「そっか…

「じゃあ会合してる豚さんたちを見に行きましょうか…あ、でもこれから多目的施設で全豚さんが集まる時間があるの。行ってみる?

「行きたい! でも私それで最後にしたいな…もうしんどくなっちゃった」

「そうね、外から見るだけじゃわからないことの方が多いものね。実際中に入ってみないと、こんなに腐敗したところだなんて、思わないものね…

 

三人は広い体育館のような多目的施設に先に行き、そこで豚を待つこととした。

「お姉さんはどうしてここで働いているの?」

「お姉さんももともとは豚さんと同じでここに望んで入ってきた人なの。でもね、周りが皆どんどん豚になっていって、それで自分だけはちゃんとしなくちゃ、って思ったの。だからお姉さんみたいに働いている人は何人かいるけれど、みんなこの養豚場を良くしようとしているの。ここに居る豚さんのためって言いつつ、自分たちの為かも知れないけれど」

お姉さんの言葉に二人は何も言えず、広々とした施設には氷のような冷たい空気が流れ、しばらくの沈黙が続いた後、静寂を破るかのようにチャイムが鳴った。

「さあ、そろそろ豚さんが来るわ。これを見たら今日の説明会はお終いです。しっかり目に焼き付けてね」

お姉さんが言い終えるか終えないかのうちに入り口からたくさんの豚が流れ込む。突然走り出す奇行をする豚、短い手を使い友達と写メを撮る豚、何人かで早速かたまる豚。どうやら並び方の指示があるらしいが、それを見ず次々と散らばっていく触手のように豚は自由行動を始める。その豚を誘導しているのは今仁美と大輝の隣にいるお姉さんと同じ人間と思われる女性男性たち。長い時間の後、集会が始まったようだ。ふと大輝は豚たちが器用に携帯機器のようなものを弄っていることに気づく。

「お姉さん、あれはなに?」

お姉さんは寂しそうに笑った後、同じ携帯機器に写った画面を二人に見せた。そこには現実世界では言ってはいけないような罵詈雑言、周りの豚たちに対する嫌味、批判などが掲示板に書き込まれていた。  それはここ最近の豚たちの行動を批判するようなものであったり、普段は言えないような文句が垂れ流してあった。仁美と大輝はあまりの出来事に吐き気すら感じた。同じ豚だろうと。同じ豚同士が罵り合っていると。お前らより行動に移しているお姉さんたちの方がよっぽど綺麗だと…

「これでもう、この養豚場のことは分かってもらえたかな…。本当はもっといいところをみせるべきなんだろうけど、本当の姿はこんなものなの」

 

集会が終わる前に三人はあの殺戮エレベーターに三人だけで乗り、一階へと降りてきた。

「仁美ちゃん、大輝君。今日はごめんね、ありがとう。二人ともこれから自分の行く学校を見つけないといけないだろうけど、慎重に選んで青春を楽しんでほしいな。ちゃんと自分の目で見極めるんだよ

「うん。ありがとうお姉さん」

「ありがとう」

お姉さんに手を振って、二人は建物を後にし、振り返って十階建ての高い建物を見つめた。

「外側から見ただけじゃ、わからないね」

「そうだね」